
ダイヤルを回すと、その西暦の”今日の日付”のラジオ番組が流れてくる——そんなAIデバイスが登場しました。株式会社ニチイ学館と株式会社TBWA HAKUHODOは、2026年3月5日、生成AIを活用したAIラジオデバイス「RADIO TIME MACHINE」を介護施設へ導入検証するプロジェクトを発表しました。同日に開催されたメディア向け発表会では、1月下旬から2月下旬にかけて実施した事前実証の結果も公開されています。
「ダイヤルを回すと過去のラジオ番組が流れる」デバイス
RADIO TIME MACHINEは、TBWA HAKUHODOが約2年半かけて開発したAIラジオデバイスです。外観は、ターゲット層となる高齢者になじみ深い1950〜60年代のラジオ機器をモチーフにした筐体を採用。液晶画面にはラジオ機器のような目盛りと指針が表示されています。ただし、その数字は周波数ではなく「西暦」です。

ダイヤルを回すと1950年から2025年まで1年刻みで西暦を選択でき、合わせた西暦の”今日の日付”に対応したラジオ番組風の音声コンテンツが自動再生されます。たとえば3月5日に1950年を選ぶと、1950年3月5日のニュースをラジオパーソナリティが読み上げ、合間に当時のヒット曲が流れるという構成です。
<RADIO TIME MACHINE 音声コンテンツ例>
皆様、いかがお過ごしでしょうか。日ごとに寒さも和らぎ、春の足音が少しずつ近づいてくる今日この頃、このラジオタイムマシーンで穏やかなひとときをお過ごしいただければ幸いです。本日も、日本の活気ある出来事を皆様にお届けいたします。 まずは、鉄道のニュースからでございます。先日、国鉄の新しい電車が完成したのをご存知でしょうか。東海道線で活躍する新型車両、八十系電車、通称「湘南電車」がその姿を現しました。二つ扉のクロスシートでゆったりと座れ、前面は二枚窓という、実に洗練された造りとなっております。わたくしも、この新しい電車で、いつか海を眺めながら旅をしてみたいものだと思っております。車窓を流れる景色を肴に、駅弁を広げる日も近いかもしれませんね。それでは、この旅路に思いを馳せる時に聴きたい一曲です。高峰秀子で「銀座カンカン娘」です。
コンテンツは毎日システムによって自動更新されるため、日々異なる内容を楽しめます。現在の設定では約20分間でループするよう設計されており、再生時間は数分から数時間まで用途に応じて変更可能とのことです。

仕組み——生成AIとAIボイスの組み合わせ
音声コンテンツの生成フローは以下のとおりです。
まず、WikipediaをベースにしたニューストピックリストをTBWA HAKUHODOが独自に作成。そのリストを参照しながら、生成AIが当時のラジオ番組を模したニュース原稿を自動生成します。その原稿をAIボイスが読み上げる仕組みです。

AIボイスは、使用許諾を得た開発関係者30名以上の声を収録・合成したもの。単純な読み上げではなく、各年代のラジオ番組に見られる話し方・抑揚・テンポを参考にして規則性を構築し、時代ごとの雰囲気に合った音声として都度生成しているとのことです。
ヒット曲については、独自のヒット曲リストを作成した上で、デジタル配信用の音源データを再生しています。楽曲の権利については現時点では実証実験・研究目的に限り版権元から使用許可を取得済みで、実用化に向けては音楽ストリーミングサービスを提供する企業との連携を調整中とのことです。
「回想法」をAIで実装する試み
TBWA HAKUHODOが開発の起点として着目したのが、非薬物療法の「回想法」です。過去の写真や音楽などを活用して当時の思い出を振り返り発話することで、認知症予防などにつなげるアプローチです。RADIO TIME MACHINEは、この「懐かしい過去を振り返り発話する行為」を生成AIで支援する、という方向性で設計されています。
アプリではなく物理デバイスとして実装した理由について、鈴木氏は「スマートフォンのアプリではなく、実際のラジオ風デバイスにすることで高齢の利用者が自分で自由に操作できる体験設計を施している」と説明しています。また、ダイヤルを手で回すという動作自体が身体機能の維持・向上に寄与できるとも述べています。

事前実証の結果
プロジェクト開始に先立ち、ニチイ学館の施設において1月下旬から2月下旬にかけて事前実証が行われました。利用者の様子を「表情解析」「骨格推定を用いた活動量解析」「発話速度」の3つの観点で、使用時と非使用時を比較しています。
- 表情解析:笑顔の値(口角の角度や頬の挙上を検出)が平均8.7%上昇。利用者によっては23.8%上昇したケースもあったとのことです。
- 活動量解析:骨格推定を用いた身体活動量の分析で、身振り・手振りが10%増加。相手に内容を説明しようとする動機が高まったことが要因と考えられています。
- 発話速度:1分あたりの発話量が10.8語増加しました。
定量的な変化に加え、実証前は両親の名前や若い頃に勤めていた会社を思い出せなかった利用者が、RADIO TIME MACHINEで当時のニュースや音楽を聴きながら話したあとに同じ質問を受けると即答できた、というケースも複数見られたとのことです。

実証の様子はドキュメンタリームービーとして公開されています。
介護現場での活用イメージ
ニチイ学館では、施設内のオープンスペースに設置して利用者が自由に使うか、レクリエーションの時間に介護スタッフのサポートのもとで使うことを想定しています。

発表会の質疑応答では、「他の類似サービスとの違い」について問われる場面もありました。TBWA HAKUHODOの鈴木氏は「映像や音声を見せるという”受動”的なケアではなく、利用者自身がダイヤルを回して選ぶという”能動”的な体験であることが違い」と説明。AIを活用しているため毎回新しいコンテンツが生成される点も継続利用につながる要素として挙げられました。

また、入浴介助の待ち時間などの「隙間時間」に利用者が自分で楽しめること、若手スタッフが高齢利用者と共通の話題を持つためのきっかけになることなども活用シナリオとして挙げられています。
今後の展開——北里大学との共同研究と廉価版の開発
今春からTBWA HAKUHODOは、北里大学医療衛生学部の福田倫也教授らとの共同研究を開始する予定です。認知症の周辺症状である行動・心理症状(落ち着きのなさ、怒りっぽさ、意欲の低下など)に対してRADIO TIME MACHINEがどのような作用をもたらすかを、評価尺度を用いた数値化や行動分析・表情分析の手法で明らかにしていく計画です。認知症の症状がない利用者に対しても、気持ちの安定や前向きさの変化を検証するとのことです。

ニチイ学館は研究フィールドとして引き続き協力する予定で、研究結果を踏まえた本格導入の検討も進める方針です。
コスト面については、スマートフォンを内部に組み込んだ廉価版の開発なども検討されているとのこと。外装をシンプルにすることでコストを抑え、数百台規模の導入を現実的にすることを目指しているとのことです。ニチイ学館には全国に数百カ所の施設があり、廉価版でのさらなる導入検証を経て本格展開を目指す流れになっています。現在はデイサービスとグループホームが対象ですが、有料老人ホームなどへの展開も今後検討していくとのことです。

